学生時代の3年のドイツ語の試験、数日前より歯茎が痛みだし顔が日に日にお岩さんの様に腫れて勉強が手につかなかった。試験当日に腫れた顔で担当のS教授室に行き状況を伝えたが「特別な措置は講じることはできず、後期の試験を頑張ってくれ」とだけ言われた。温情を求めた私自身と先生の無情な返事に腹立たしく、複雑な気持ちだった。加えて腹立たしかったのは、S先生から病気に対するねぎらいの言葉が一切出なかったことだ。先生である以前に「人間としてどうなの?」と言うことだった。若いS先生、普段から人間味もなく退屈な授業だったので、後期の授業も試験も受けることなく、必修でも単位を落とすことにした。結局、数日経っても痛みは収まらず、東京歯科で歯茎を切り開き骨を少し削る手術をすることになった。
社会人になって、体が辛そうな人とか病気の人に接すると、本人の痛みや辛さは解らないまでも必ずねぎらいの言葉を一言掛けることにしている。こんな時不思議と半面教師として、S先生のことを思い出す。卒業し数年後NHKのドイツ語講座でS先生を発見、笑顔で司会をしている顔を見た時は、改めて昔の腹立たしさが蘇ってきた。S先生には良くも悪くも身をもって、あんな冷たい人間にはなりたくないと、大切なことを教えてくれた生涯の恩師となっていた。