今年2月、九死に一生をえたK理事長の奇跡の話。
高速道路を運転中、背中に今迄で経験したことのない激痛に襲われた。医者なので自身を大動脈流破裂と診断した。車を路肩に寄せようとしたその数秒後、意識を失った。意識が戻った時は、ガードレールに激突し車が大破した状態であった。幸い単独事故で、事故による外傷もなかった。エアーバックに囲まれた状況で「意識はあるか」とレクサスの自動音声が話かけてきた。返答が出来なかったので、レクサスが自動的にGPSで現在地を示し救急車に連絡をとった。
【奇跡1】 理事長は最近ベンツからレクサスに乗り換えたばかりだった。ベンツでも車両事故による外傷は防げたかもしれないが救急車を呼ぶ機能は無かった。お蔭で事故発生から15分後に救急車が無事到着した。
【奇跡2】 その時来た救急隊員が偶然K理事長を知っており、K理事長の講義を受けた受講生だった。K理事長は大動脈破裂の診断と2時間以内に手術しないと80%の確率で死亡する緊急性を伝えた。救急隊は最寄の大学病院を勧めるが日曜日の大学病院には手術できる専門医がいない、緊急性からK理事長の希望で自身が関わる救急医療センターに変更してもらった。
【奇跡3】 救急医療センターでも日曜日に大手術をできる医療スタッフがいる訳ではない。だが幸いに経営幹部が休日返上でその日は会議をしていた。そこには日本で血管手術で右に出るものがないナンバーワンの名医がおり、看護長始めとする医療スタッフの各責任者もいた。理事長の緊急オペのため会議は中止して、直ぐに手術に取掛った。
K理事長の診断通り大動脈流の破裂だったが血管破裂が臓器まで連鎖する前に処置、7時間の大手術も成功。11日後には無事に退院、今では以前と変わらず多忙な毎日をおくっている。事故後6か月を過ぎて初めてお会いしたが、以前と全く変わりなく活力にあふれていた。快気祝いの気持ちでお会いしたが、家内共々銀座で話題のフランス料理「ドミニク・ブシェ」ですっかりご馳走になってしまった。K夫婦は美食家で料理毎にワインを変えて7種類のワインを堪能させてもらった。
多くの人はラッキーを感じた時、一方でつまらない事で運を使ったと嘆くこともある。
K理事長は生死を分けるその瞬間に、立て続けに3枚の奇跡のカードを切っていった。私はこれを強運とは思わない。なぜなら、K理事長は50歳半ばにメスを置いて病院経営に専念して以来、それだけに留まらず公的な政府の仕事や地域救急医療にも精力的に貢献され、多くの隠匿も積んでこられた。担ぎこまれた救急医療センターのトップは手術を前にして大声で「この医療センターの未来の為にも、K理事長を絶対に死なせてはならない」とスタッフに激を飛ばしていたそうだ。K理事長は「与えてもらった第二の人生、業界の為に貢献する使命をより感じた」と言われていた。