仮説をもっている。偏差値の高い学校の生徒ほど、通学時にテンポ良く、テキパキと歩いていると。時間の使い方が上手、健康を含め自己管理が出来ており、強いて言えば学校に行くことに目的をもっているから、おのずと歩行に絶対スピードがあると。会社顧問の小宮一慶さんから、同じく企業研修をしても聞く人の意欲により教育効果が全然違う聞いたことがある。当たり前の様な話だがとても重要で、抜本的には意欲のある社員が採れているかに起因する。小宮さんに幹部会と称する当社の月一のミーティングに毎月参加してもらっていたが、有る時小宮さんから「総合トラックには、自分で目標数値を達成出来るような幹部と言える社員はいませんね。」と率直に言われたことがある。年商千億単位の企業にも、顧問やコンサルとして関わる小宮さんの正直な言葉なので素直に現実を受けとめた。
浦安千鳥の当社の前を、朝8時を過ぎると近隣の企業の多くの働く人の出社風景を目にする。物流団地なのでパート採用の若者が圧倒的に多く、観察していると友達とつるんでだらだらと足を引きずる様にゆっくりとしたテンポで歩く人が多い。反して、弊社の社員はつるんで出社するものは一人もおらず、テキパキとすさまじい歩行スピードで会社に突進してくる。毎朝、会社のまわりを掃除しながら、見て見ぬふりして観察していると、何人も抜き去って出社してくる。競馬を見ているように「よし、その調子、もう一人抜け」と心の中で叫んでいる。歩く姿に、今日も良い仕事をしようと意欲を感じる瞬間である。
学生時代の3年のドイツ語の試験、数日前より歯茎が痛みだし顔が日に日にお岩さんの様に腫れて勉強が手につかなかった。試験当日に腫れた顔で担当のS教授室に行き状況を伝えたが「特別な措置は講じることはできず、後期の試験を頑張ってくれ」とだけ言われた。温情を求めた私自身と先生の無情な返事に腹立たしく、複雑な気持ちだった。加えて腹立たしかったのは、S先生から病気に対するねぎらいの言葉が一切出なかったことだ。先生である以前に「人間としてどうなの?」と言うことだった。若いS先生、普段から人間味もなく退屈な授業だったので、後期の授業も試験も受けることなく、必修でも単位を落とすことにした。結局、数日経っても痛みは収まらず、東京歯科で歯茎を切り開き骨を少し削る手術をすることになった。
社会人になって、体が辛そうな人とか病気の人に接すると、本人の痛みや辛さは解らないまでも必ずねぎらいの言葉を一言掛けることにしている。こんな時不思議と半面教師として、S先生のことを思い出す。卒業し数年後NHKのドイツ語講座でS先生を発見、笑顔で司会をしている顔を見た時は、改めて昔の腹立たしさが蘇ってきた。S先生には良くも悪くも身をもって、あんな冷たい人間にはなりたくないと、大切なことを教えてくれた生涯の恩師となっていた。
ビジネスバッグは色々なタイプを使ってきが、大体3~5年で壊れる消耗品。一方で一生使いたいバッグもあり、45年前のイタリアのバックは今でも大切に使っている。このバッグの現在も販売されており65万円と高額である。でもこのバッグ、高級な革を使用し、熟練の職人が作ったとしても20万円が精々だと思う。45年前の店舗はミラノ本店1だったが、現在は日本だけでも13店舗あり、伊勢丹メンズ館一階入り口などのテナント料の高い一等地で売られている。結局はテナント料と人件費と広告代が、高く売らなければならない構造を作っている。
スポーツクラブはコロナ前には週7回通っており、お気に入りのインストラクターのレッスンは必ず受けていた。スポーツクラブはプール付きで1000平米だと10億の設備投資が必要、水道電気や設備維持のランニングにかなりのコスト、インストラクターの費用は5%以下である。お客様が必要とする部分にお金が使われず、失った会員を補填するために広告費に同額を使う。
飲食店で歴史があり遠方からも集客できる繁盛店の共通点は、単品で勝負している。安さ・多彩な品揃・店舗立派さなのではない。上等食材を使い、味を守る為には手間を惜しまない。お客様の求める部分は以外は徹底的にそぎ落とし、自社の強みにお金を手間をかけてきたのである。常識にとらわれずに一点集中してきたのである。
運送会社の差別化が難しい中、コストはスケルトンなので収益の確保は難しい。販売管理費の比率を下げるためには、拡大路線が常道手段となる。
でも拡大路線や横位置の戦略から一度離れ、お客様がこの時代に何を望まれているか見つめ直しその部分に資金を思い切って投入すれば、ブレイクスルーが可能かも。 (梶記)
コロナ下、在宅での勤務が増えオフィスから個人デスクが消え、自由に席を選べるフリーアドレスが主流になりつつある。都心に務める義妹から聞いた話(ほぼ苦情)で、結論からする会社に勤めるための必要なものを収納するスペースが減りとても不便になったとのこと。現在のロッカーの主流派は写真の様に、A4のボックスファイルが3~4個とパソコンが収納できるだけの空間に限定される。従来はサイドデスクがあり、机の上にペン立て、机の下には収納箱(履き替え靴/通勤時のバッグ等)をおけるフリーススペースもあった。これらがコインロッカー小型サイズの様な極小空間に押し込むことになる。従来は機能的に使っていたのがサイドデスクの最上部の薄い引き出し、これだけとっても、これが無いとかなり不便だとも言っていた。
私のサイドデスクには相当な多種多様な物が収納されている。予備ネクタイ/ハンカチ/保湿クリーム数種/洗面道具/多種ゴム印/予備薬/ティッシュボックス/筆記用具各種、列挙したら延々と続く。サイドデスクに収まらない物は棚も専用、読みかけの本/名刺入れ/カメラ/三脚/菓子箱/便箋やハガキ/、これも延々と続く。一見仕事に直接関係ない様に思えるものでもこれらは全て仕事をする上で必要な物。「企業は人」というが、置く場所だけ見ると刑務所の囚人の様な扱い。フリーアドレスと表現はカッコ良いが、狭い所に押し込む養鶏場を連想するのは私だけだろうか。元々私は大きなビルは嫌いで研修や会議で折々に利用するが、密封された空間、半日いると息苦しくなりその内頭が痛くなってくる。窓を開き外気を入れれば一瞬に解決する問題なのだが。そう言う当社のデスクワークは広々とは言い難い。電車通勤者には個人ロッカーがあるが、車通勤者にはない。でも個人デスクとサイドデスクもある、窓は自由に開くし、身近な所に植物もある。
小宮コンサルの平野さんより社内研修で聴いた話
「読書は成功への近道」
自分で野球をやっていて独学で変化球を見つけようと、色々な握り方やフォームで30万球なげてやっと変化球を会得したとする。でも見つけるまでに20年掛かってしまったら。それがひょっとしてカーブかもしれない。でも少年野球の入門書をみたら5分でお得するかもしれない。本には成功体験が書かれている。本書にかれていることがすべて正しいことではない。でも参考になることがある。
この話を聞いて改めて読書の重要性を痛感し、初心にもどって読書に励むことる。研修でこの話を社員とも一緒に聞いたので新たに書籍コーナーを設置し、誰でも本が手に取れるように。同時に小宮一慶手帖に記載のビジネスマンお勧め図書60冊を参考に、20冊位新たに買い足しする。方々に散らばっていた本を集め、一冊づつ手に取ると本を通じていかに多くの事を学んだか再認識する。準備が整って社員にアナウンスする時は、持ち出し自由、本には存分に線を引いた書き込んだりしてOKと伝えようと思う。学生時代、簿記の本を運動部の先輩から引き継いだが、その本には何人の勉強の爪あとが残っておりどこが重要か一目瞭然で短時間で効果的な勉強ができた。顧問になっている小宮さんの本だけで100冊以上はある。
新浦安のトイザらス。クリスマスのプレゼント用のリボンがあるか店内に入りXmasコーナーを見たがガッカリする品揃え。ツリーを買いに行った訳ではないが安物ツリーがずらっと並び、大型スーパーの催事場やおもちゃ売り場の方がよっぽど気が利いている。
クリスマスシーズンはおもちゃ屋にとってトップシーズンだと思うのだが、店内入口にあるXmasコーナーからは、ワクワク感が一切ない。さびれた店舗の陳列棚には、夢が感じられない。本部から送られてくる商品、店舗スタッフの自由度も全く無いと思う。売り場にいても寂しくなってしまうので、早々に店を出た。
イトーヨーカドーもスーパー事業は斜陽業種としてとらえ撤退が続いている。3年前に新浦安で撤退したヨーカドー、売り場面積は大きくても低価格のプライベートブランドが山積みされて、お腹を満たす食料を買いにいくだけの場所になっていた。楽しい買い物とは程遠い商品陳列、利幅が高い商品を効率良く販売しようという売り手の考えが前面に出ていた。その後に入ったヤオコーは、同じ立地・同じ売り場スペースで繁盛している。
会社で何か企画する時は、自分自身のワクワクを重要視している。自分がワクワクしないでお客様が喜ぶ訳がないと思っている。
鎌倉の中華レストランを法事で利用。料理や接客が良かったので、グーグルの口コミに星5個と簡単なコメントを入れ、皆がどんなコメントを書いているか気になり見たが、評価の低いコメント欄に「地元の常連客には何品かサービスした上に、大幅値引きまでする店」と書かれていた。私は常連でも顔を知ってもらっている訳ではないが、高めのコースを注文したからかも知れないが、サービスでふかひれスープを姿煮にアップグレードしてもらったり帰り際に饅頭をもらった。
私は常連や利用額の多い顧客に、特別なサービスや可能な限り便宜を図っても良いと思っている。航空会社は利用頻度に応じてランク分けして徹底的に差をつけ、JRも料金により受けられてサービスが全く異なる。ホテルも高級になればなるほど、常連顧客を大口顧客を特別扱いする。新宿伊勢丹は高額所得者の上位1%がターゲット、外商は顧客を徹底的に特別扱いする。私は航空会社のカードも持たない、JRのグリーンも高級ホテルも利用しないし、伊勢丹で買うのはフランスパン程度。でも色々な場で常連客に特別なサービスを提供するのは、不愉快には感じないし、顧客に対してある意味「平等」で正しい対応をしていると思っている。特別扱いして欲しければ、利用者としてそれに見合った事をしなければならない。
決して他人事ではなく、我が社の商売でも高額利用企業には特別な計らいが有って良いと日頃から思っている。それは小口顧客を冷遇することではない。我が社のサービスは全て定価があり、一回の利用顧客に価格を吹っ掛けることも一切ない。反省すべき点もあるだろうが、飲食・ゴルフ・個人向けの贈答は一切してない。できるなら全ての顧客に「あなたは特別」であって良いと思う。でも価格や輸送条件での個人判断にもとずく「特別」は、後日問題になるケースは多々ある。お客様の圧力は強く「前回は無理聞いてもらったのに」「〇〇さんはやってくれたのに」と言って無理をねじ込んでくる。難しい問題だ。
今月からハーネス(電線コード等)も資源ごみして分類することにした。金属スクラップの回収業を営む社長から、ハーネス類も買い取りますと聞いたので。有償だから分類するのではなく、資源を再利用する回収先があれば分類している。今年になって産廃処理価格が倍以上になっている。理由は関東地区には廃棄場所がないため関東圏外に廃棄するそうで、輸送運賃による値上げと聞いている。
物流業は廃棄処分品を有料で受けとるサービスをしてなくても、自然と置き場には処分品が増えてくる。構内での資源ごみの置き場を明確にすると、運転手が自主的に手を加えて丁寧に分別してくれる様になった。分別は汚れる作業で、置き場も煩雑とする。でも社会の何処かで誰かがこの様な汚れ仕事もしなけらばならない。
普段は運転が上手な家内が、高速道は苦手だと言っていた。詳しく聞くと走行車線の左側のラインに合わせて運転してるそうだ。逆に私は長距離の高速運転が大好きで、静寂の中、遠くに吸い込まれる様な気分がとっても好きだ。そこで気づいたのが視点の違いで、私はかなり先を見ており、家内は近い所を注視して運転していた。その違い(コツ)を説明すると、家内も快適な運転ができる様になったと納得してくれた。
先日友人がコロナ下の経営について「正しい向きに素早く変化し、継続すること」とアドバイスしてくれた。具体的にはコロナ下を加味して2028年にはどうなっている、2024年にどうなっている、そして今年は何をする。目先のコロナ対策に追われるが為にひょっとして逆向きの対策を打っていないか。その話を思い出した時、高速道路の運転に共通点を見出した。そして友人は、コロナによる変化はひょっとしたらジャンピング・チャンスにもなりえるとも言っていた。
一ヵ月位前に古賀常務より、受注表→配車表作成→運行指示書の毎日の業務にグーグルのスプレッドシートを活用したいとの提案があった。従来は4~5名がバラバラに受注し一枚の受注表に書き込み、その明細から一人の配車係がエクセルシートに入力し直し、30名弱のドライバー用に配車表を作成していた。それを複数名が受注段階から、クラウド上の一枚のスプレッドシートに直接入力してみてはとの提案だった。目的は配車係の作業軽減と、複数名で入力による作業標準化だった。20年の歴史の中でちょっとづつ改善して最適化してきた業務フローだけに、私自身はそう簡単には変更できるものかと横から疑心暗鬼で見ていた。幸いに私の憶測は大きく外れ、社内での数回の打合せとスプレッドシートを次々とカスタマイズして10日位で軌道に乗せてしまった。複数名が直近の配車を共有できる効果は計り知れず、会社としての受注能力も大幅に改善された。
更に大きな副産物もついてきた。事務所内の変革に気が付いたドライバーから、そのスプレッドシートをドライバーにも開放して欲しいと言ってきた。従来は配車表が完成した後、初めて各ドライバーが各自の運行指示書をみて積込作業を開始していたが、配車途中のスプレッドシートを置き場に設置したモニターでリアルでドライバーが見る事により、積込作業を早い段階から見込で開始することが出来る様になった。
私は変化を恐れ現状維持に甘んじるタイプだが、今回の業務改善は固有のリーダーシップの寄るモノではなく多くの人が自然に関わり、皆の知恵やアイデアを持ち寄って早期に完成形へと導いていった。実は今回の変革は、結果オーライの様な偶然の出来事ではない。長距離混載の日常業務においてこの2年間はサービス向上の為、全国にパートナーを探し配送ルートを工夫し進化を継続してきた。2019年4月~2020年8月の間に、北海道便・北東北便(青森/岩手/秋田)・南東北便(福島/宮城/山形)、浦安第二倉庫の立上げ・そして関東地区の当日配達便のスタート等、目まぐるしチャレンジし改善してきた。この様なことも意図も簡単に成し遂げる社風が、いつの間にか出来上がっていたのかも知れない。